大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和28年(行)5号 判決

原告 有限会社入船本店

被告 横浜市長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨及び原因

一、請求の趣旨

(一)  被告が原告に対し別表第一記載のとおりなした各入湯税決定通知はいずれもこれを取り消す。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二、請求の原因

(一)  原告は昭和二三年一二月六日旅館割烹を営業目的として設立された会社である。

(二)  原告の経営する旅館には鉱泉浴場の設備はないのに拘らず、被告は原告に対し横浜市港北区長武井武名義を以て、別表第一記載のとおり各入湯税決定通知をしてきた。

よつて右決定通知の取消を求める。

第二、答弁及び抗弁

一、請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

二、請求の原因に対する答弁

原告主張の請求原因事実中

(一)  の事実は認める。

(二)  の事実中、被告が原告に対し原告主張の如き各入湯税決定通知をしたことは認めるが、その余は否認する。

三、抗弁

(一)  原告経営の旅館の浴場においては、同館即ち横浜市港北区南綱島町九七七番地入船本店の庭内にある堀抜井戸を泉源として湧出する地下水を使用している。

(二)  右地下水は一キログラム中メタけい酸八四・五ミリグラムを含有する重曹泉であつて、温泉法第二条第一項の鉱水に、従つて温泉に該当する。

(三)  仮りに右地下水が温泉法所定の鉱水に該当しないとしても、

(1) 地方税法(昭和三二年法律第六〇号による改正前の地方税法。以下同じ。)第六一九条にいわゆる鉱泉浴場とは、必ずしも温泉法第二条に規定する温泉を使用する浴場に限定されるものではなく、社会通念上鉱泉と認められるものを使用する浴場を含む。

(2) 本件地下水は左記の事由により社会通念上鉱泉と認められる。

(イ) 泉源が非常に深く、通常の井戸と異る。

(ロ) その含有する鉱物質成分は別表第二記載の如くであつて、従つて別表第三記載の各疾病に対し医治作用を有する。

(ハ) 原告旅館付近の横浜市港北区南綱島町一帯は同様の地下水を利用し浴場施設を有する温泉旅館が多数存在し、京浜地方においては綱島温泉としてよく知られている。

故にいずれにしても、原告旅館の浴場は地方税法第六一九条の鉱泉浴場に該当するのである。

(四)  しかして原告は昭和二五年八月横浜市市税条例により入湯税の特別徴収義務者として指定された(同条例第一二四条第二項)が、原告は本件各入湯税決定通知の各該当課税期間の納入申告書をその提出期限である当該月の翌月の末日(右条例第一二四条第四項)までに被告に提出せず又入湯税の納入をもしなかつた。

(五)  そこで被告は、地方税法第六二七条第二項に基き横浜市港北区長武井武をして、本件各入湯税決定通知該当期間の原告経営浴場における入湯者人員を調査せしめたところ、別表第五記載のとおりであることが判明した。

(六)  よつて被告は、横浜市港北区長武井武をして右入湯者人員数を基礎とし、横浜市市税条例第一二三条の税率即ち昭和二八年一一月九日以前は一人一日一〇円、同年一一月一〇日以降は一人一日二〇円の率により原告に対する税額を原告主張のとおり決定し、地方税法第六二七条第四項により特別徴収義務者である原告に通知させた。

(七)  本件各入湯税決定通知をした経緯は以上のとおりであつて、その間何らの違法はないから、原告の請求は理由がない。

第三、抗弁に対する原告の答弁及び主張

一、抗弁に対する答弁

被告主張の抗弁事実中

(一)の事実は認める。但し水道水を混用している。(その割合は後に記載のとおりである。)

(二)は温泉法上の鉱泉に現在該当することは認めるが、その余は否認する。同地下水の含有するメタけい酸は一キログラム中四七・九五ミリグラムに過ぎない。

(三)のうち、

(1)の主張は争う。

(2)は

(イ)の事実は否認する。

(ロ)の事実は否認する。その含有する鉱物質成分は別表第四記載のとおりである。

(ハ)の事実は否認する。綱島温泉の温泉は俗称に過ぎない。

(四)の事実は認める。

(五)の事実は、入湯者人員が別表第五記載のとおりであるとの点を除き、その余は認める。別表第五記載の人員数は原告経営旅館の客数であつて入湯者の人員でない。そのうちには入湯しなかつた者も含まれている。入湯者は大体客数の半数である。

(六)の事実は認める。

二、原告の主張

(一)  本件の泉源及び浴場の設備

本件の泉源である堀抜井戸は、その上部に内径二尺五寸、長さ七尺五寸、容量四石一斗四升のコンクリートの井戸側が置かれ、約三〇〇尺程地下に貫通する竹管によつて地下水がこの井戸側へ湧出して順次この井戸側にたまる如く設備されており、その湧出量は右井戸側の容量四石一斗四升を充たすに約五時間、堀抜井戸一日の全湧出量は一八石九升である。右井戸側の上部地上約七尺の高さ天井に近い位置に直径二尺五、六寸の三尺土管二個を繋いだタンクがあり、堀抜井戸の右井戸側よりポンプを以てくみ上げる井戸水と、堀抜井戸付近にある冷蔵庫冷却に使用した水道水がこのタンクで合流する。この混合水は一本の鉄管を通じて下に降り直径一インチの鉄の枝管で各浴槽に配水される。客室に設置の浴槽は合計二〇あり、内一四は長州風呂又は五衛門風呂と称するもので、上部は縦二尺六寸、横二尺一寸位(長円形)、深さ約二尺容量一石二斗八升五合の下部のつぼんだ鉄製の釜である。下部に燃料をくべ釜を加熱してわかすことは普通の田舎風呂と同じである。残る六個はタイル風呂で、その形状容量は一定しないが、そのうち四個は長さ四尺三寸、幅一尺六寸五分、深さ二尺一寸、二石三斗を容れるものである。いずれもその外側の赤銅のわかし器でわかして、これに注入するようになつている。各浴場には前記混合水の配管の外に、水道本管に直結の水道水のみの配管もあるから、必要に応じ真水のみの湯をわかし、又は混合水に更に真水を混合して湯をわかして入浴することもできるようになつている。

(二)  地下水と水道水混合の割合

原告が冷蔵庫冷却水を使用する理由は、冷蔵庫の冷却に一度使用し廃棄する余水を利用するためであつて、堀抜井戸は右冷却水(水道水)の欠を補うためである。従つて堀抜井戸使用の目的は鉱泉としてこれを使用するのでなくて、単なる普通の井戸として、水道水の欠を補うためである。

堀抜井戸から湧出する地下水と冷蔵庫冷却水との混合使用の割合を正確に測定することは困難であるが、昭和三二年五月一五日に計量したところでは(混合の割合は本件で問題になつている昭和二五年以来変らない)、堀抜井戸の一日の湧出量は一八石九升であつて、冷蔵庫の冷却水は五五秒で一升出るから、その出量は一日二四時間(八六、四〇〇秒)で一五石七斗一升である。一方風呂の需要量は、長州風呂一槽を満水するのに要する用水は一石二斗八升五合であるが、その八分目即ち一石二升八合ばかりを充たしてわかすのが常である。しかし同時に入浴中のうめ水若しくは体を洗うために約その五割の水量を使用するものと推定すれば、一槽の浴用水の使用量は一石二升八合の一・五倍である一石五斗四升二合であり、一日平均一五の浴槽を使用するものと認めるときは、一日の入浴水の使用量は全部で平均二三石一斗三升である。しかして冷蔵庫の冷却水は殆んど昼夜をわかたず間断なく出ており、それが上部の土管二個を繋ぐタンクに導入され、その欠を補うために堀抜井戸の地下水をポンプで右土管のタンクにくみ上げるのであるから、結局一日の堀抜井戸の使用量は、全浴槽で一日平均使用する二三石一斗三升から水道水一日の出量一五石七斗一升を差引いた七石四斗二升、即ち土管タンクにおける両者混合の割合は、大体水道水二に対し堀抜井戸水一の割合である。

(三)  浴場においては本件浴場は鉱泉浴場ではない。

入湯税は業者に課せられるものではなくて、課さるべき者は入湯客であり、浴場経営者は単にこれを入湯客より徴収して市に納入すべき義務ある者に過ぎないのであるから、鉱泉として入湯税を課すべきや否やは、温鉱泉の恩沢に浴する入湯客を中心とし入湯客の立場から判断すべきである。ところで入湯客は泉源に入浴するものでなくて浴槽において入浴するものであるから、鉱泉なりや否やは浴槽において判断するのを至当とする。しかるに平常地下水一に対し水道水二を使用する本件浴場は、その浴槽においては療養泉でないことは勿論温泉法上の温泉にも該当しない。

以上のとおり原告の浴場に使用の水は鉱泉でないばかりか、浴場の設備も通常の旅館の風呂と何ら異らないから、原告の浴場は鉱泉浴場に該当せず、入湯税を課されるべきものではない。

(四)  本件地下水は泉源においても温泉でなかつた。

本件の地下水がその泉源において鉱泉と認められるに至つたのは昭和二七年一二月増補訂正の鉱泉分析法指針が発表され実施に移された昭和二八年二月一三日以後であつて、それ以前の分析法によれば鉱泉ではなかつた。また仮りに温泉法第二条の温泉に該当するとしても療養泉には該当しない。温泉法では療養泉を保護するがために、療養泉でないものも温泉として規制しているが、これは本来の意味の温泉ではない。鉱泉分析法指針で鉱泉というのは療養泉をいうのである。何の効力もないものは本当の温泉ではない。入湯税の目的からいつても、療養泉でない―利かない―浴場に入る者に入湯税を課すべきいわれはない。故に温泉法上温泉といい得るもののうち、療養泉のみが真の温泉であつて、入湯税の課税の対象となると解すべきである。入湯税は泉源を基準にして課すべきものと仮定しても、療養泉でない泉源に課税すべきでないから、少なくとも前記昭和二八年二月一三日前の賦課は失当である。

(五)  本件浴場は社会通念上温泉でない。

綱島には温泉の権利というものは存在せず、何人も任意にこれを掘さくすることができるのであつて、原告としても本件地下水を鉱泉として利用しているのではなく、単に水道料金節約のために利用しているに過ぎない。客としても療養的効果の故に集るのではないから地下水を使用する旅館と真水のみを使用する旅館とを区別しない。全部真水を用いても客の増減に影響するところはなく、地下水の使用は旅館の繁栄に毫も影響をもたらさないのである。綱島は同伴遊蕩郷として知られているが、本当の意味の温泉でないことは頗る顕著な社会的事実である。しかも本件原告の浴場は、長州風呂を下から燃やすといつた設備か、そうでなければタイル張りの風呂に銅釜でわかした湯を注入するといつた施設でその用水は水道水が大部分である。堀抜井戸水を使うのは水道水の不足を補うためである。しかるにわれわれの常識で温泉とは温度の高い自然水の場合である。冷泉のときには特に療養上の効能が顕著のときでなければ温泉といわない。大半以上水を混ぜた堀抜井戸水を長州風呂に注ぎ、強いて温泉と称えて客から入湯税を徴することは社会通念並びに良心の許さないところである。故に温泉なりや否やを社会通念により決する被告の主張を仮りに是認しても、本件原告の浴場は温泉というべきでない。

第四、原告の主張に対する被告の答弁及び反駁

原告主張の事実を争う。

(イ)  温泉法にいう含有量は泉源における鉱物質の含有量を指すものであることは、温泉法の全趣旨よりみて明らかである。若し原告主張の如く実際使用している温水又は鉱水により入浴客に課税すべきものであるとすると、湧出時に摂氏二五度の温水も、入浴客が入浴の際冷却して二五度未満になつていたときは、それは温泉でないといわなければならないし、湧出時には温泉法所定の鉱物質を含有していた鉱水も、わかし過ぎやその他の理由により真水を混入したため、入浴時に含有量が温泉法所定の量に達しなくなつた場合は、その鉱水は温泉法にいう鉱水に該当しないので、入湯税の対象とならない結果となり、入湯税の特別徴収義務者は客の入浴の都度温水の温度を計り又は鉱水の含有量を計り入湯税を徴収すべきかどうかを決めなければならない結果となるであろう。

(ロ)  温泉法の鉱水はその含有物質により決まるものであつて、医療効果により決まるものではない。

(ハ)  原告は昭和二八年二月一三日前の課税は失当であると主張するが、仮りに鉱泉分析法指針改正前の分析法により本件の鉱水が温泉法第二条の鉱水に該当しないとしても、本件浴場の水の鉱物質の含有量において、その浴場施設において、その医療効果において、社会通念上鉱泉と認められる限り、入湯税賦課の対象となり得るものである。

(ニ)  原告は本件浴場は社会通念上も温泉でないと主張するが、原告は綱島駅東口のネオン広告塔に「東口温泉街入船」と広告してある外、「元湯入船」の広告塔を数個所掲出している。元湯とは温泉を前提としての表現であり、これは原告が自家の浴槽の水を温泉として自認している証左である。なお栃木県那須地方においては、自然湧出の温水に河水を導入して浴槽に使用している者が多数いるが、これらの浴槽使用者は厳格な意味における温泉ではないので温泉利用の許可は受けていないが、浴客より入湯税を徴収している。

第五、(証拠省略)

理由

一、原告が昭和二三年一二月六日旅額割烹を営業目的として設立された会社であること、原告経営の旅館の浴場においては、同館即ち横浜市港北区南綱島町九七七番地入船本店の庭内にある堀抜井戸を泉源として湧出する地下水を使用していること、被告が原告に対し、横浜市港北区長武井武名義を以て、別表第一記載のとおり各入浴税決定通知をしたこと、被告が原告に対し、右入湯税決定通知をした経緯が、被告が原告旅館の浴場を地方税法(昭和三二年法律第六〇号による改正前の地方税法。以下同じ。)第六一九条の鉱泉浴場に該当するとみたのに、昭和二五年八月横浜市市税条例第一二四条第二項により入湯税の特別徴収義務者と指定された原告が、各該当課税期間の納入申告書を、その提出期限である当該月の翌月の末日までに、右条例第一二四条第四項に従つて被告に提出せず又入湯税の納入をもしなかつたので、被告は地方税法第六二七条第二項に基き横浜市港北区長武井武をして原告経営浴場における入湯者人員を調査せしめた結果、右人員は別表第五記載のとおりであるとして、右港北区長武井武をして右人員を基礎とし、横浜市市税条例第一二三条の税率即ち昭和二八年一一月九日以前は一人一日一〇円、同年一一月一〇日以降は一人一日二〇円の率により原告に対する税額を決定し、地方税法第六二七条第四項により原告に通知させたものであることは、当事者間に争いがない。

二、そこで、原告経営旅館の浴場が地方税法第六一九条の鉱泉浴場に該当するものであるかどうかの点についてて、順次考察する。

(一)  先ず本件地下水が温泉法第二条第一項の温泉に該当するかどうかについて考えてみる。

成立に争いのない甲第一号証、鑑定人小幡利勝の鑑定(第一回、追加分とも)の結果、鑑定人兼鑑定証人小幡利勝の供述に同人の鑑定人としての供述を合せ考えると、泉源である堀抜井戸における本件地下水は、昭和二六年八月二四日当時において泉温摂氏一六・六度なるも一キログラム中少くとも重炭酸そうだ一、〇二七ミリグラムを含有する鉱水(温泉法第二条第一項同別表によれば重炭酸そうだ三四〇ミリグラム以上を含有する鉱水を温泉としている)であり、昭和三〇年三月二四日当時において泉温摂氏一四・三度なるも一キログラム中溶存物質(ガス性のものを除く)総量一、五五六ミリグラムを、又メタけい酸六二・五五ミリグラム及び重炭酸そうだ一、二〇四・一ミリグラムを含有する鉱水(同上によれば溶存物質総量一、〇〇〇ミリグラム以上、メタけい酸五〇ミリグラム以上、重炭酸そうだ三四〇ミリグラム以上のいずれかを含有する鉱水を温泉としている)であつて、いずれも当時温泉法第二条第一項の温泉に該当していたことが認められる。証人川村勉(第一回)の証言及び原告会社代表者の供述中右認定に牴触する部分は右各証拠に照らして信用しがたく、また鑑定人小幡利勝作成昭和三十年七月十五日付鑑定書追加ならびに鑑定人兼鑑定証人小幡利勝の供述中には、昭和二六年八月当時の原告会社の泉水は温泉法上の温泉ではなかつた旨の記載及び供述があるが、右はその後になされた同人の鑑定人としての供述によれば、当時行われていた温泉分析法指針は療養泉になるかどうかを分析するためのものであつたので療養泉に該当しなかつたところから、立言したものであるが前記の如く重炭酸そうだ一、〇二七ミリグラムを含有する鉱水であるときは療養泉に該当しなくても温泉法上の温泉には該当するものであると訂正されたことが明らかであるばかりでなく、前記の如き物質及び含有量を有する鉱水が温泉法第二条第一項の温泉に該当することは、同人の供述をまつまでもなく、当時の温泉法(同法は昭和二三年八月九日から施行されている)第二条第一項及び同別表に照らして自ら明らかなところであるから、同人の右鑑定書の記載及び供述は右結論に何らの影響を及ぼすものではない。その他に右認定を左右するに足りる証拠はない。してみると特段の反証のない以上、本件地下水は本件で問題になつている全期間を通じ、即ち別表第一記載の各課税期間を通じ一貫して温泉法第二条第一項の温泉であつたものと認めるべきである。(本件地下水が現在温泉法上の温泉に該当することは原告の認めるところである。)

(二)  そこで、温泉法第二条第一項の温泉と、地方税法第六一九条に鉱泉浴場という場合の鉱泉との関係について考えてみる。

地方税法第六一九条に鉱泉浴場という場合の鉱泉が何を意味するかについては、同法には何らの規定がない。ところで温泉法はその第二条第一項において温泉の意義を規定しているのであるが、同法は温泉に関する現行の唯一の基本的な法律であるということができるから、特別の理由のない限り、前記鉱泉の意義を定めるに当つては右温泉法上の温泉を基準にすべきである。これを温泉科学上の概念から考えても、温泉科学で一般的に鉱泉というのは、「地中から湧出する泉水で、多量の固形物質またはガス状物質もしくは特殊の物質を含むか、あるいは泉温が泉源周囲の年平均気温より常に著しく高温を有するもの」をいい、鉱泉中特に治療の目的に供されるものを療養泉と呼び、常水との区別において鉱泉の限界値が定められ、この限界値と療養泉として必要な限界値との間には相当の開きがあり、温泉法第二条第一項の温泉の定義は、その規定の仕方及びその限界値において右の鉱泉に殆んど一致しており(丙第一号証厚生省編纂衛生検査指針温泉分析法指針、丙第二号証同鉱泉分析法指針各一頁「鉱泉の定義」参照)、温泉法第二条第一項の温泉は、鉱泉を意味するものと解して妨げないのである(創元社発行創元医学新書大島良雄著「温泉療養」八頁参照)。してみると地方税法第六一九条の鉱泉であるかどうかは、温泉法上の温泉に該当するかどうかによつて一律に決するのが至当というべきであり、この結論は租税法律主義の精神にも合致するものと考えられる。鑑定人小幡利勝の鑑定(第二回)の結果(昭和三一年一〇月一五日付鑑定書)中には、鉱泉分析法指針では鉱泉といつても療養泉を指している旨の記載があるが、この記載は前掲丙第二号証と照合してみれば、その文字どおりの意味に解することはできず、右の指針が分析の目的として療養泉を指向している趣旨をいうものと解されるから、右の結論の妨げとなるものではない。

原告は、温泉法上の温泉のうち、療養泉のみが真の温泉であつて、入湯税の対象となると主張するけれども、前記法条の鉱泉の意義を、かく限定された意味に解しなければならない文理上の根拠もないばかりか、温泉法第一二条が、療養泉であると否とを区別することなく、同法上の温泉についてはすべて公共の浴用に供する場合あることを前提として、その利用許可の対象としていること及び同法第一三条がこれらの温泉すべてについて、その施設にその成分、禁忌症及び入浴上の注意の掲示を要求していることに鑑みれば、療養泉であるかどうかに拘りなく、温泉法上の温泉についてはすべて一律に入湯税を賦課し得るものと解することが、寧ろ現行温泉法規の体系上合理的であるといわねばならないし、元来入湯税の対象となる温泉について、厳密な意味における医治効用の有無によつてその差異をつけるべき理由のなかつたことは、昭和三二年四月一〇日法律第六〇号地方税法の一部を改正する法律により、入湯税が法定普通税から、環境衛生施設その他観光施設の整備に要する費用に充てるための法定目的税となつた経緯に徴しても、これを窺知することができるのである。原告の主張は採用することができない。

(三)  よつて更に進んで、鉱泉であるかどうかは泉源(湧出口)において決すべきか浴場(浴槽)において決すべきかについて考えてみる。

この点についても地方税法には何らの規定がない。ところで温泉法においては、第二条第一項がその別表一において、温度については「温泉源から採取されるときの温度とする。」と明示しているので、温度については湧出口に於いて決すべきことは疑がないが、同別表二の成分についても、温泉法の精神からみて右温度の場合と別異に解すべき理由はなく、湧出口において決するのを相当と考えるべきである(鑑定人小幡利勝の供述参照)。ここの点において当裁判所は、昭和二七年一〇月一七日国管収第八〇〇号長野県衛生部長宛厚生大臣官房国立公園部管理課長回答(甲第一〇号証八九頁所収)及び昭和二八年二月四日国管収第二六六号証中央温泉研究所所長宛厚生大臣官房国立公園部管理課長回答(甲第九号証四頁及び甲第一〇号証九二頁所収)と見解を同じくする。しかして、右の温泉法についての考え方は、そのまま地方税法第六一九条の鉱泉浴場であるかどうかを決定するについても適用されるものと解するのが相当である。原告は、入湯客は泉源に入浴するものでなくて、浴槽において入浴するものであるから、鉱泉なりや否やは入湯客の立場から浴槽において判断するのを至当とする旨主張し、鑑定人小幡利勝の供述中にはこれに副う如き供述があるがが、右供述は浴槽における成分が泉源におけるものと同一であることを前提として浴槽で決定すべきであるとするのであることが同人の供述自体によつて明らかであるから、この点の資料となしがたく、若し原告主張の如き見解を是認するならば、泉源(湧出口)において鉱泉であつたものが、浴場(浴槽)に至るまでの間に温度又は成分において、自然的な変化を生ずるのは兎も角としても、その温度又は成分に、人為的な変化が加えられることによつて、浴場(浴槽)においては最早鉱泉でなくなるような事態を一般的に許容するに等しく、かくては遂に鉱泉浴場の把握は実際上殆んど不可能となり、入湯税制度の目的は甚だしく阻害されるに至るであろう。地方税法が入湯税についてかかる不合理な制度を予定したものとは解しがたく、原告主張の如き見解は地方税法の目的に照らしても採用し得ないところといわねばならない。

(四)  ところで証人川村勉(第一、二回とも)、近藤正雄の各証言、原告会社代表者の供述、検証(第一、二回とも)の結果に弁論の全趣旨を合せ考えると、原告は敷地約一、二四四坪の地上に公道を挾んで合計約二一の建物を有し、本件泉源である堀抜井戸は、中央公道寄りに存する建坪五二・五坪の建物の土間内、同建物の東南端より三間の個所にあり、右井戸にはその上部に外径三尺一寸、内径二尺五寸、深さ約七尺五寸、容量四石一斗余のコンクリート製の井戸わくが置かれ、三〇〇尺以上地下に貫通する直径約三寸の竹管によつて地下水が井戸わくへ湧出して、順次この井戸わくにたまるように設備されており、右井戸わくの北側上部地上約七尺の高さ天井に近い位置に内径二尺五、六寸の三尺土管一個と同一個半を繋いだタンクがあり、井戸わくの地下水は、その上部に設けられたモーターによる揚水ポンプを以て右タンクにくみ上げられ、右井戸付近にある冷蔵庫の冷却に使用した水道水と右タンク内で合流し、この混合水は一本の鉄管を通じて下に降り、直径約一インチの枝管で各浴室の蛇口に通じ各浴槽に配水されること、そして右井戸から浴室までの距離は遠いもので三、四十間に亘るものもあること、各建物の客室には各一個宛合計二〇の浴槽があり、内一四は長州風呂又は五衛門風呂と称するもので、上部は長さ約二尺六寸、幅約二尺一寸(長円形)、深さ約二尺、容量一石二斗七、八升の下部のつぼんだ鉄製の釜であり、下部に燃料をくべ釜を加熱してわかすようになつており、残る六個はタイル風呂で、その形状容量は一定しないが、そのうち四個は長さ約四尺三寸、幅約一尺六寸、深さ約二尺であつて、いずれもその外側の赤銅のわかし器でわかしてこれに注入するようになつていること、各浴場には前記混合水の蛇口の外に水道水のみの蛇口もあり、ゴム管で浴槽に入れることもできるようになつていること、しかして堀抜井戸における本件地下水の湧出量は、井戸わくの容量四石一斗余を充たすに約五時間、一日の全湧出量は大体一八石九升位であること、原告は右地下水を他の用途には使用せず、専ら前記の如き施設によつて一日平均少くとも七石四斗位を各客室の浴用に供していることが認められる。以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

(五)  してみると、本件地下水がその泉源(湧出口)において鉱泉であり、その湧出量が前認定の如き分量であり原告が前記の如き施設を有してす前記の如くこれを客の浴用に供している以上原告経営旅館の浴場は地方税法第六一九条の鉱泉浴場というに何らの妨げがないものというべきである。

原告は、本件地下水を使用するのは水道水の欠を補うためであり、水道料金節約のためである旨主張するが、このような事情は、原告が本件地下水を客観的に客の浴用に供している事実が認められる以上、右認定を妨げる事由とはなり得ないものというべきであり、又原告の浴場の設備は通常の旅館と何ら異らないから鉱泉浴場に該当しないと主張するが、浴場の設備が通常の旅館と異らないからといつて、鉱泉浴場であることの認定を妨げるものでもないから、原告の主張は理由がない。

三、ところで、被告は本件浴場の入湯者人員は別表第五記載のとおりであるとするのに対し、原告は右人員のうちには入湯しなかつた者も含まれており、入湯者は大体客数の半数である旨主張するので、この点について考える。

証人沼田正助の証言によると、別表第五記載の客数は原告会社の帳簿記載の客数と同一であり(別表第五記載の人員数が原告経営旅館の客数に一致することは原告の自認するところである)、別表第五記載の入湯者人員は原告経営旅館の客はすべて入湯したものとして右客数を以て入湯者数とみなしたものであることが認められるところ、証人近藤正雄、川村勉(第一、二回とも)の各証言中には、原告経営旅館の客のうちには宴会客、同伴の婦人客等で入浴しない者も相当あつて、入浴客は半分位である趣旨の供述があるが、これらの供述は正確な調査を基礎としたものでなく、漠然たる推測に止まるものであることが右各証言自体によつて明らかである上、これらの供述だけでは本件各該当期間別の入湯者人員を確定することもできないから、別表第五記載の客数を以て入湯者数とみなした被告の措置は、結局において正当であるというのほかはない。

四、以上の次第で、被告が原告経営旅館の浴場を鉱泉浴場と認めて別表第一記載のとおりなした本件各入湯税決定通知はすべて正当であつて、これを違法とする原告の本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 堀田繁勝 大塚淳 尾形慶次郎)

(別表省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例